特命和太郎

沈黙と受容と感謝

特命和太郎のブログ

○○○ vs. ×××

かなり前の話。
政府が一時期「エコ」を盛んに謳っていたけれど、
その一方で「あれ買えこれ買え」とも言っていて、
なんだかちょっと矛盾しているなぁと当時感じていたことを思い出した。
一番印象に残っているのは、地上デジタル化によって番組(アナログ放送)が見られなくなり、まだ壊れていない現役テレビの使い道が一つ減ってしまったこと。哀しかった。

 

今回の新型コロナウイルスのあれこれ、少し似ているような気がする。
政府は「自粛してくれ」と「経済を回そう」の両方を訴えかけている。
(最近は少し後者のほうに傾いてきている)
そして今度は各都道府県知事。
知事によってもまた考えが違っていたりする。


国民からしてみると、矛盾していて何をどうすればいいのかよくわからなくなる。

 どっちでもええから、だらだらせんとはよ決めんかい!

 はっきりしろ!

…と、本音ではそう思っていても、実際は安易にそう言わないようにしている。

 

なぜなら、相反する2つ以上のものごとを一つに絞ったり、落としどころを見つけて一つにまとめるのが難しいのはよくわかるから。

 

だって(良い悪いの議論は置いとくとして)、
 世の中にはいろんな考えの人がいて・いろんな考え方があって、
人生を生きていたら、

そして様々なニュースなんかを見ていても、
 「へぇ。こんな人間がいるんだ~。」って、本当に驚かされることが多々ある。

 

人生、

 何事もなく、つつがなく、思い通りに・・・いくわけがないと、
今回の新型コロナウイルス大流行の様子を眺めていても、その点を改めて強く思い知らされた。

 

人の考えを一つにまとめるのは難しい!
 ただ、それを決めるのが政府だからね。国の代表だから。
そこんとこ、夜露死苦

 

本音=「どっちも得たい」ってことだろうけれど、それはやっぱり贅沢かなぁ。
個人単位で見ても、すべてを手に入れたいと思うのは贅沢で、よほど血を吐くような努力をすればそれも可能かもしれんけど、仮にそれですべて得たとしても、そのころには真っ白に燃え尽きてしまっている可能性があるし、
人間の欲にはキリがないからもっと欲しくなっちゃってゴールが見えなくなってしまう可能性もある。

 

美輪明宏さんの言葉を思い出した。
何かを得れば何かを失う『正負の法則』がこの宇宙に存在している"真理"だとしたら、両方とも得るのは無理だろうな。

 

私で例えたら、
 ツイッターフェイスブックは好きじゃないから現時点で利用していない。
プラス="好きじゃないものを利用しない"という自由と時間を得た。
マイナス=その代わりそれらでブログやYouTubeチャンネルの宣伝はできないから"登録者数や視聴回数は増やせない"が付いてきた。
 何かを得たから何かを失った。
 何かを失ったから何かを得た。
 ものすごく小さな規模のたとえだけど、
 これが『正負の法則』ではなかろうか。
 『パワーバランス』ともいうよな。

 

何か理不尽なことが起きたときは、パワーバランスで「負」のほうを先に清算していると考えるようにしている。

 

・・・長くなったな。
こういう真面目な内容の記事を投稿すると、後から読み返して恥ずかしくなるときがある。
だからといって、ふざけすぎた内容の記事を投稿した場合も…。
ということは、
 結局、SNSの書き込みにしても、テレビ番組のコメンテーターにしても、
 自己満足の垂れ流しだよな。そんな気がするわ。
それ言っちゃうともう誰も何も発言できんけど。
 
ちなみに、
現時点の私が「この人のしゃべり(内容を)聞いてたら心地いいなぁ考え方が近いなぁ」と感じる人物は、
 東国原英夫さん
 小園浩己さん
 …他にもいるかもしれんけどこの二人がまず思い浮かんだ。